「バカチョンカメラ」は差別用語ではない!

  先日、私のHPのBBSに匿名の投書がありました。全文は以下の通りです。

はじめまして。HP早速見させていただきました。写真教室(講座?)なるものが存在して
いますが、バカチョンカメラって・・・。知ってます?これ差別用語としてとらえてしまう人も
存在することを。

もしかして、それを知らずして講座開いてます?
色々マナーについて書かれていらっしゃるようですが、あなたのマナーもどうなんでしょうか? 

自分の名前はおろか、メールアドレスも無い無礼な投稿に 最初は憤慨しました。
何に対しての差別であるかも説明が無く、いきなり私の マナーを非難する投稿ですから、怒るのも当然です。
もしや・・・と思い、調べてみましたが、ありました・ありました。 ありとあらゆる私的意見が・・・。
公的機関や放送局・文化財団等、調べてきましたが、私の調べた範囲では、 放送禁止用語も
含めて、これが差別用語であると言う記述は
どこにもありませんでした。
要するに、一人歩きして話が大きくなった事例だと思います。

さて、事の発端ですが、昭和40年代後半でしょうか。
私の幼心に覚えているのは、「ばかでも ちょんでも 撮れる・・・」 云々のテレビCMです。
たしか萩本欽一だったでしょうか。

要するにこの「ちょん」が、朝鮮人を意味する俗語で、差別用語に値する、 と言うのが大方の
意見です。

いくら昔とは言え、テレビCMに流す以上は、少なくても朝鮮人を意味する 言葉であったら
使えなかったでしょう。


この「ちょん」を調べてみたところ、広辞苑には、仮名垣魯文の西洋道中膝栗毛から、
「仮染にも亭主にむかって・・・ばかだの、ちょんだの、野呂間だのと」という記載がありました。
西洋道中膝栗毛は明治
3年から数年にわたって書かれた小説との事ですが、この用例で、
「ばか」、「ちょん」、「のろま」と並列になっていることからも、本来の意味で使われていることは
明らかです。
この「ちょん」の意味ですが、半人前とか、一人前でないと言う意味が書かれておりました。
要するに、「バカチョンカメラ」とは、
「機械の操作を知らなくても、撮影技術が伴わなくても、写せるカメラ」と言う意味になります。
朝鮮人を意味する俗語でない事は明らかです。
さらに問題になってくるのが、「バカ」の部分ですが、高級カメラまたは上級者に対して謙遜の
意味で使用した
言葉と考える事ができます。相手ではなく、そのカメラ自身または自分を指しているので
問題は無いでしょう。

さて、問題はここからです。
いつの頃からか、「バカチョンカメラ」の「バカチョン」だけが独立し、馬鹿な朝鮮人という
意味を持って一人歩きしてしましました。これは、明らかに差別用語に値します。
事実、テレビ等の番組内で使用され、陳謝した前例は幾つもあるそうです。
この部分をご覧になって、不愉快な思いをさせてしまった方には、この場を借りて
お詫びいたします。

かつて日本には「トルコ風呂」と言う響きの良い、言葉がありました。
これが、特殊浴場の俗称となり、今は全く消えてしまいました。
日本人はつくづく、愚かな国民です。自国の言葉を、つまらない事で失ってしまうのですから。
とは言え、「トルコ」も「風呂」も問題なく使えます。
一人歩きして、別の意味を持ってしまった「バカチョン」は差別用語として封印せざる
負えないでしょうが、未だに本来の意味で使われている「バカチョンカメラ」はこの事からすれば、差別用語ではないと言るでしょう。

例えば {アンディー フグ→不具}{10円のジューはユダヤ人の俗称}
{スキンヘッドはネオナチの俗称}他にも同様の言葉は沢山あると思います。
単純に「チョン」いう言葉が入っているだけで、本来の意味で使われている「バカチョンカメラ」を
差別用語としたら、これらも含め、さらに多くの言葉を封印しなければなりません。
わが国の十進法の呼び方を変えるんですか???
それだけの覚悟を持って、議論なさっているのでしょうか?

言葉は、その国の文化です。その文化の中で本来の意味の下に使用する発音に対しては、
だれも異論を唱える事はできません。これは韓国の方も、ご理解いただけると思います。
ネット上に流れる私的意見やデマ等に紛らわされず、もっと冷静に自国の言葉を考えてみたら
如何でしょうか。

我々写真愛好家として、日本のカメラの歴史上、一番愛され、親しまれた呼び方を失うのは
物悲しい、そんな思いでいっぱいです。


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